趣味・仕事・生き方まで本当にやりたいことは思考は知らないけどハートは全てを知っている

20151223-IMG_2437-83

Sachi です♪

私は趣味が写真なので、「いま何が撮りたい?」っと聞かることがあります。 「ほんとうに撮りたいものは 何?」って言う方の本気の質問ですね(;^ω^)

 

でも、そう聴かれるとですね、とても困ります。。。

 

スポンサーリンク

何が撮りたい?

答えたいけれど・・・・相手が私の世界(空)を理解できない場合、確実に会話が成立しないことを知っているからです。。。

 

でも、カメラ友達と次、何を撮りに行く~?、何撮る~?って言うのであれば、それは意図が違うのでいいんですよね。 なので〇〇に行って〇〇撮ってみよ~♪って言うのでOKなんです。ぜんぜん困りません。

 

ですが本気の質問で、「いま撮りたいものは何?」っと聴かれれば、ほんとうの答えは・・・

 

「わたしは知らない」「わたしには分からない」となります。冗談でもなんでもなく。

 

ほんとうに撮りたいもの は、思考で導き出せないからです。

 

つまり、何が撮りたいかを考えて、それで撮りたい!っと言う流れにはなっていないんです。

 

スポンサーリンク

撮りたいものを撮るには

じゃあ、いつもどんな流れかと言うと写真を撮る前提ではなくて、わたしと言うキャラクターが好きなモノ、反応するモノから入っていきます。

 

例えば、どこに行きたい?っと自分のハートに聴きます

 

何かしらビジョンが浮かぶか、シンボルか、のサインを受け取ります。

 

それが教会だった時、教会いいね~♪っと私は思います。特に大聖堂が好きなので行ったことのない大聖堂はどこかな~って思います。

 

で、長崎に大聖堂あるや~ん♪ってなって、行ってみたい♪っとなり場所が決まる。

 

この時点では、写真の撮影うんぬんよりも、純粋に自分の好きなモノにフォーカスしているだけです。

 

そして、いざその地に立ってカメラを持って、はじめての街に入っていく中で・・・、

 

っと、ハートが反応するものを見つけたら写真を撮る。

 

ハートがそれを楽しんでいる、撮っている私もずっ~と楽しい、ずっと楽しいので、また撮る、楽しい、また撮る・・・と言う連鎖。

 

なので、この時に撮ったものが、「撮りたいもの」だった、になるんです。

 

撮りたいものがあって撮るんじゃなくて、撮ったものが撮りたかったものだった、っと言うことなんですよね。

だから「何を撮りたい?」っと聴かれても、私にはほんとうにわからない。

 

でも私の超本気な答えであっても、そう答えてしまうと会話は成立しませんよね、なので困るんです(笑)

 

もちろん思考の方の、何撮る~? なら、私だって思考で即答できますよ(;^ω^)

 

カメラ友達とは、一度は撮ってみたいテッパン写真~♪って言ってよく盛り上がります。それに季節なら季節のものだってありますからね。 思考の方の撮りたいものなら、ちゃんと出てくるしあります。

 

でも「ほんとうに撮りたいもの」は、ハートの分野なので、それはいつも「私」にはわからないんです。

 

だから何が撮りたいかを知るには、自分の好きなものにフォーカスして、まずそこに自分を連れて行ってあげるしかないんですよね。あとはハートのしめすまま♪なのです。

 

読んで頂き ありがとうございます。

 

スポンサーリンク

 

関連記事

コメントは利用できません。

ピックアップ記事

目覚め

2015.9.23

一瞥体験 空(くう)に触れてからカメラに出会うまで 歓びから生きることへシフトする

Sachi です。 一瞥体験って何それ?どんな体験?って思ってる人もいますよね。 ちなみに『一瞥』と言う意味は、ちょっと見ること…

おすすめ記事

ページ上部へ戻る