それは一瞥体験なのか神秘体験なのか不思議体験なのかその違いは何?

くも

Sachi です♪

今日は、一瞥体験について今の私の捉え方を書いてみたいと思います。


その前に、このブログで一瞥体験の代表記事がこちらです☆
一瞥体験 空(くう)に触れてからカメラに出会うまで 歓びから生きることへシフトする



そしてその後に、補足記事として書きました。
一瞥体験 私の内側と外側の境界線が消えるとそこは全体があるだけ

 

その後は、『一瞥体験』自体にフォーカスをしている記事は書いていなくて、
空(くう)の意識について書いています。

 

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『一瞥体験』

この言葉とりあえず私も記事で使っていますが、たった一つの答えがあるものではないので、それぞれがどのような意識で捉えているかは分かりませんよね。



私がこれを『一瞥体験』っとしているのは、その体験を通じてやってきた『意識の在り方の変化』が あったからそう使っているんですね。



つまり私の見解は、一瞥体験とは、その体験の内容にフォーカスすることではなく、意識の変化があったかどうか?なんですね。



なので、どれほどの神秘体験をしたところで、意識の変化・・・それまで信じていた価値がひっくり返った・・・それまでの意識とはまったく違う意識を知る・・・など、そのような意識の変化がその体験を通してやって来なかったのなら、それは一瞥体験ではないと思っているんですね。



それは、私はもともと子供の頃から霊感があったので、不思議体験や神秘体験などは、これまでに数えきれないくらい体験している訳です。



そしてスピリチュアルの世界に入ってからは、様々な技法(ツール)を学んでいくうえで、もっとうんざりするくらいたくさんの体験をしてきています。



ですが、すべての価値が一瞬でひっくり返ってしまった。っと言う意識の在り方の変化は、それまで起きませんでした。



でも、その体験によって、それが起きた なので私はそれを『一瞥体験』として区別をしています。これがいまの私の捉え方です(^o^)



そして、その意識の在り方の変化があったことで、それまであった、この社会(世の中)とスピリチュアル世界で感じていた「矛盾」っと言うものがすべて消えたんですね。


なので一瞥体験と言うものを体験したのなら、あれは何だったのだろう?と言う疑問はやってこないと思っています。



逆に、疑問はなくなります。



疑問がなぜ出てくるのかも分かるからですね。



ですので私は、体験した内容が問題ではないので、体験自体はどんな体験であっても、意識の在り方が変化したのならば それは「一瞥体験」だと言う捉え方です。

 

もう少し続きを書きたいと思いますが今日はこの辺で♪

 

読んで頂き ありがとうございます。

 

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