現実世界で矛盾がなくならないのはなぜ?☆意識が逆転して矛盾はなくなる

Sachi です♪

昨日、一昨日と一瞥体験について記事を書いた中で、この社会(世界)やスピリチュアル意識でいても消えなかった「矛盾」がなくなったと書きました。

 

これは本当に大きな変化でした。 それまでは、ごく普通に生きていても、何かの時に社会に対して「矛盾」を感じていましたし、それだけではなくて、スピリチュアルの意識で在っても、どうしても腑に落ちない、どうしても辻褄が合わない、そんな一部の「矛盾」がなくなりませんでした。

 

それが・・・一瞥体験を通して、今まで持っていた意識が逆転したことで、それまで観えていなかった反対の価値が分かったんです。

 

スポンサーリンク

実は何も「矛盾」していなかった

それは、空(くう)でよく言われる、「あるけどない」「ないけどある」それでした。

 

普通の、あるけどない、ないけどある、っと言う時はどちらかの見方しか出来ないのがエゴ思考なので、片方の『ある』の中にいては、反対の意味の『ない』を見ることも感じることもできない そんな意味です。

 

なので、エゴからすると、自分と正反対のものを、認めるなんて受付ける事が出来ないんですよね。まあエゴだからそれでいいんです(笑)

 

で、意識の逆転とは、そのエゴが一瞬死んだと言うことですね。

 

この『死んだ』っと言うのは、人は自分のフィルター(概念・観念・価値観など)を通してしか世界を見れません。 なのでそのフィルターメガネに例えるとします。

 

人はメガネをつけたまま、つけたことを忘れて生きているようなものなんです、そしてそれが、一瞥体験の時にそのメガネが一瞬だけ外れた

 

外れたとき初めて、自分が今までずっとメガネをつけていたことを知ったわけです。

 

そして今まで見ていた(認識をしていた)世界とは『違う世界』が見えたんです。

 

スポンサーリンク

違うけど同じ世界・同じだけど違う世界

『違う』と言っても、まるっきり違う別の世界の景色が出てきたのではなくて、同じ景色です。

 

同じ景色なのにそれはどこまでも繋がっていて、区切り目がない、どこにも途切れがない分離されていない景色として見えたよってことです。

 

なのでそのメガネを外した時、一瞬エゴが死んだようになるため、意識(それまでの価値)が逆転しました、言い方を変えれば、価値の均等化が起きたと言うことなんです。

 

価値の均等化が起きたので、正反対のものを、両極端のものを、どちらも中身はまったく同じものだと分かったんです。

 

そして『ある』『ない』の矛盾がなくりました。

 

あるし、ないし、ないし、ある。 このあやふやな世界、それこそが確かなものだと分かったんです。

 

そうなってくると、あなたしか存在していません!、人の目線で生きてはダメ!、人の事なんてかまうな! と言う記事を書く時もあれば、

 

すべての人はあなたのために存在しています、人はあなた自身でもあります、なので感謝しかないですよね と言う記事の時もあったり、

 

または、共に栄えることが大切だ、 と言う記事にもなるんですね(笑)

 

でも読む方からすれば、それぞれがあのメガネを付けて読んでいるわけですからね、言うことがコロコロ変わる!筋が通ってない!矛盾してるやん!と言う気持ちになったりすることがあっても、その気持ちはよく分かるんです。

 

ですが私の方はと言うと、もう気持ち良いほど矛盾がない ようになってしまったよ♪って話でした(^o^)

 

読んで頂き ありがとうございます

 

スポンサーリンク

 

  • コメント: 0

関連記事

  1. 一瞥体験 私の内側と外側の境界線が消えるとそこは全体があるだけ

  2. それは一瞥体験なのか神秘体験なのか不思議体験なのかその違いは何?

  3. 一瞥体験☆ほんとうの自分に触れたときに感じる歓喜はそれも一瞥体験なの?…

  4. 一瞥体験 空(くう)に触れてからカメラに出会うまで 歓びから生きること…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

アーカイブページ

WordPressテーマ「PHOTEK (tcd024)」