仕事が出来ない人?それはすべての中のごく一部の側面にすぎない、そもそも論の始まり

そもそも論 犬島 アート カメラ旅

Sachi です♪

会社で仕事が出来ない人がいると、【出来ない人】というレッテルをはる、会社の中では実際あります。。よね?

 

そしてそのことを上の人が『本当のことだからかまわない』とし、その人がいない所で堂々と他の人にも言うことに対して、果たしてそれは『本当のこと』と言えるのか? そんなことについて書いてみたいと思います。

 

私も若い頃はエゴ120%で生きていたので、仕事が出来ない人に対しては攻撃的でした。なぜ努力しないのか?しようとしないのか?そんなエゴの意識でしか見ることができなかったんですね。 私の場合 30代前半がそのような意識の一番ピークでしたかね。。。

 

でもこれは一度は体験しておくべきことだとも思っています。振り子の考え方ですね。『中立』『ゼロ地点』みたいなものが腑に落ちるには、どちらも一度は振り切った体験があるのが自然だから。

 

でもこれを、40代以上の人がこぞって言う会社だと、ちょっと・・・と言うか、かなり怖い会社だと思うのです。

 

同じ業務をしていても、すぐに効率よく出来る人、だんだんと出来る人、そうかと思えば、数年やっても初心者のような人、色々なタイプの人がいると思います。

 

出来るか出来ないか、エゴはここだけを判断します。それがエゴの働きなので普通のことでもあるのですが多くの人は、それがエゴの働きだと分かっておらず自分の考えだと思っているんですね。

 

エゴの意識を優先していると、その前のとっても大切なことをスルーしてしまいます。それは・・・

 

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【そもそも論】です。

そもそも、その仕事を仕方なくしているなら?

そもそも、他にしたい事があるのなら?

そもそも、夢や目的を持っていないなら?

そもそも、自分の適性さえも分かっていないなら?

 

そもそも、あなたの気づき(変化)のために現れた人だったなら?

 

社員であるからと言って、その会社が好きで、その仕事が好きで、そこで働きたい!と思ってやってきた人だけではありませんよね。

もちろんその そもそも論があっても、うまく仕事をこなせる人はいくらでもいますよ。

 

ですが意識していなくても、好きでもないことをすると言うのは、パフォーマンスは下がるものです。

なのでその職種のその仕事が出来ないだけで、それを『仕事が出来ない人』と判断するのはちょっと違うのだと言うのが私の意見です。(本来その人はそこにいてそれをすべき人ではないから)

 

でもそう言ったら、『なら、会社のみんなが迷惑だから、そんな人は辞めればいい』と言われるでしょうか? けれど、その人を採用したのは、あなたのことも同じように採用した『会社』なのです。 辞める辞めないは、あなたには関係ないことなのです。

 

『本当のことだからかまわない』とし、仕事が出来ない人のことが口をついて出てきて、批判的だったり、攻撃的だったりすると言うのは、それは事実だからかまわないと言う話ではありません。 それは、自分が本当にしたいことをしていないと言う、その人の叫びなのです。

 

自分はどんなに嫌でも大変でも仕事だからしているのにと言う叫び。

出来ない人の分のとばっちりを受けて仕事が増えているのにと言う叫び。

自分だってしんどいのにと言う叫び。

自分の努力が報われないと言う叫び。

自分は満たされていないと言う叫び。

 

それは結局・・・・

本当の自分で生きていない自分への怒りです。

 

そして

自分の本当にやりたいことで生きて行きたいという叫び。

 

人の事・・・の中でも攻撃的・批判的なことを言っている時というのは、すでに自分がズレている時なのです。それを知っているのと知らないのとでは大きな違いです。

 

人の事をあれこれ言いだしたときは、すぐに方向を変えて自分に意識を向ける、そして全力で自分に素直な生き方に戻す!これしかありません。(・ω・)ノ

 

読んで頂きありがとうございます

 

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