怒りの感情と一体化しすぎて怒鳴りちらす人

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Sachi です♪

今日の事です。電車を乗り継ぐために歩いていたら、後ろの方から大きな怒鳴り声が聞こえてきました。

 

何?っと思って後ろを振り返ってみたら、中年の男性が、電話をしていて、その電話の相手に怒鳴りながら歩いていたのです。

 

そこは地下街なので、怒り声が響き渡っていました。 しかもここは関西です、関西弁でおもっきりキレて怒鳴ってます、どんだけ怒ってんねん、久しぶりにそんな怒ってる人みたわ、っとウケるほど(笑)

 

ここまでくると、その男性はもう自分が怒り、怒鳴っている、その感情と一体化し過ぎて、(怒りに)ただ酔いしれてるようにしか観えません。

 

それに、たいていの場合は、相手が目の前にいるものでしょうが、この男性の相手は電話の向こうにいる為、彼は、一人で怒鳴りちらして歩いている変な人っと言う光景にも笑えます。

 

しかしここまで怒りの感情と一体化していると、そうそうフェードアウトはできません、っと言うか冷静になる意志が本人にからは見受けられません。 相手にあれだけ怒鳴れると言うのは、相手が悪い!だから怒鳴って当然だ!と思っているからですしね。

 

でも怒りの感情と一体化していなければ、怒りは起こったとしても、まだ自分を客観視できます。 どこで誰が見ているかも分かりません、自分を客観的にみる事が出来れば、こんな人の多い地下街であれだけの声は出さないでしょう。

 

でも一番厄介なのは、しばらくその怒りの感情を纏いながら、街を歩きまわられるっと言うことですね。

 

もし敏感な人の隣に、その男性が座ったら、その怒りの感情を感じて取ってしまい、自分も何故か訳もなくイライラしてくるか、気分が悪くなるか、急に疲れを感じるかになるだろうと思います。

 

本人は、そんな目に観えないことを想像さえしないでしょうがそれが事実です。 結局その人のやっていることと言うのは、自分が正しい!相手が悪い!と怒鳴っているあなた自体が、人の迷惑になっているってことですね。

 

そして、その人自身がそこまで怒れると言うのは、結局はその電話の相手が本当の原因ではなくて、どこまでも限りなく自分の内側に原因があるわけですから、そこに自分で気づくまでは、またどこかで怒鳴りちらすことになるのでしょうね。

 

読んで頂き ありがとうございます.

 

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